道後温泉ふなや 創業380年

明治二十八年 春、松山中学に赴任した漱石。その秋、結核を患い療養のため松山に戻った子規。
ふたりは共に暮らしはじめる事になります。
たびたび松山界隈を散策し道後温泉を愛したふたりは
花月亭(現ふなや詠風庭)にも訪れています。
美しい風景を見ながら、俳句を詠み、近代文学の両輪となるふたりはここでなにを話したのだろう・・・
互いのエネルギーをぶつけ合ったのでしょうか。
楽しみながらも、強く影響しあったふたりは、その松山での五十余日の日々が大きな力となり、
やがて日本文学を代表する作品へとつながりました。
若かりしころの子規と漱石・・・ふなやにはその足跡が残っています。







